ここ1か月ほどは会社の方でもコロナ関連の騒動はずいぶん収まりがつき、時間ベースで50%目標と謳われた在宅勤務もほとんど実践する人を見なくなった。かといって完全に気を抜いてしまったわけではなく、個人デスクの間にパーディションを設置したり、マスク着用が促されたり、出張するのに大変な手続きが必要だったりして警戒は解かれていないぞ!というメッセージを常々感じながら仕事をしている。
しかしながら、役職が上の方にいくにしたがって過度な警戒に対して冷ややかな対応をしているように見える。人が密集していない場面ではマスクを外していたりする。反面人が多い時間帯での通勤などリスクのある状態に対しては敏感に反応して対応をしているようだけれども。要するに必要十分な対策をしている、ということで、やればやるほどOK!というような対策の仕方はどうも受け入れがたいな~という雰囲気を感じる。まぁ技術屋としてはデータを見て必要なだけ対策をしてリスクがあるならそれを避けるのは当たり前のことではあるが。
そんなさなか、どこからともなく舞い込んできた心肺蘇生法のしかたについて。
人工呼吸は極力しないで心臓マッサージに徹すること
なんと、コロナウイルスに感染するといけないので人工呼吸はしないようにとのお達しがどこからかやってきたのである。コロナウイルスに感染した人とその重症率及び死亡率に対して、人工呼吸はその一切をやめておけと言われるような意味合いしか持たないということである。確かに学校で心肺蘇生法を習った際は、「大事なのは心臓マッサージの方で、人工呼吸ができなくてもひたすら心臓マッサージは続けるように。」と教えてもらった覚えはある。しかし、人の命が掛かっている場面で助かる可能性を少しでも下げてはいけないと思って、一生懸命に気道確保と口で口を覆う練習をしたのではなかったか。それがコロナが流行しているので人工呼吸はしない方がよいというのだから、あの練習は無駄だったのかと皮肉めいた気分にならざるを得ない。だったらインフルエンザやその他の感染症がある以上、コロナ流行以前においても人工呼吸などやらない方がよかったのではないかと思う。それか人口全員に感染対策用マウスカバーを用意するか、AEDとともに人工呼吸を行う器具(ブロワーみたいなやつ)を設置しておくべきだろう。
気になるのは、本当に人工呼吸には大半が無症状または軽症のコロナウイルスを避けるために「とりあえずやらない」とするだけの意味しかないのか、ということである。コロナウイルス感染から重症化して死亡しているひとがいるのは確かだが、目の前に人工呼吸をしなくては命が助からないひとがいたら自分は迷わず実行するし、それによってコロナウイルスに感染して自分が死んでしまうリスクは限りなく小さいように思える(その反対に関してはまずその場の窮地を脱することが優先。コロナによる死があったとしても別の問題ではないかと思う)。その小さいリスクにも負けるほど人工呼吸には効果がないのか。例えば一般人のする人工呼吸は大体においてやり方が間違っているので意味がないとか、そもそもやる場合とやらない場合とで蘇生率があまりかわらないとか、何か根拠が欲しい。そうでなければやらないことに対して後ろめたさのようなものを感じる。なにより人命救助の象徴のようなこの行為がほぼ無意味であるかもしれないという中途半端な気持ちにスパッと区切りをつけてしまいたいのだ。
飲食店などに関してはむやみな自粛の強要も見られなくなったし、ウイルスの特性に根差した必要十分の対策をうてるようになってきているように感じられる今日この頃。しかしながら、まだまだ根拠不明の謎の指令が下ってくるようで、いったいだれがなんのために指示している(していた)のか、世間知らずの僕は混乱するばかりだ。そもそも人工呼吸なんてそうそうする機会もないのに、秋の風吹く帰り道に黙々と考えさせられてしまった。