読書:天才と発達障害

 文春新書。著者:岩波明、「天才と発達障害」。
中世から現代にいたるまでに存在した天才を題材とする映画、小説、漫画やドラマは国内外問わず多く存在している。そういった作品の中に見る天才たちは、その業績からは想像もつかないような突拍子もない人生を描かれていることが少なくない。現代ではいわゆる発達障害や人格障害に関する知識も世間に広まり、凡人でいられない天才たちのそのような性質について、認識を新たにする機会も多い。そんな今日この頃、上記の本を見つけたので読んでみようと思い読んだのである。

 僕が期待していたのは、脳の基質的なユニークさが社会生活における障害として現れ出ると同時に、常人にはとても真似できない特別な才能をいかにして得さしめるのかを科学的に書いてあるようなものであった。しかし、本書はいわゆるケーススタディを通して、どうやら天才には発達障害や精神病的な素質と小さくない相関があるようだと示唆するにとどまっている。歴史上に存在する天才たちが持っていたそのような性質を次々とあげつらっているが、それと彼らが成した偉業との因果関係についてはブラックボックスである。

 確かに発達障害などは診察の基準も難しく、信頼できる精度の研究をしようと思うと非常に難しいであろうから、このように多くの例を集めて一般性を得ようという帰納的な手法は有効であると思う。しかし、そのような相関がいかにして現れ出ているのかを、やはり根源から解明し理解したいと思うのが人情というもの。今回得られた様々な天才の事例から発展して、より一般的な研究についても調べてみたいと思う。アメリカではかなりの資本を投入して脳科学の研究が進められているらしいし、今後の動向に期待していきたい

読書:謎解き 聖書物語

 最近宗教学に微小な興味を覚えるので、タイトルを見て買った本。ちくまプリマー新書「謎解き 聖書物語」著者:長谷川修一。聖書といえばキリスト教やユダヤ教の聖典であるけれど、ゲームや漫画、映画などのモチーフとして使用されることも多い。一種の読み物として一度目を通しておきたいけど、いちから自分で理解していくのも大変だな~、と思っているいるところにこのタイトルが目に入ったので、即買いである。般若心経とか正信偈も同じような感じなので、いい本がないか探し中。

 さて、楽しみに読んでみると、どうも思っていたような内容ではないようである。というか、僕の求めていたようなものではなかった。聖書の内容や物語の解説というよりも、聖書そのものの成り立ちや役割を歴史的観点から見ていくような感じ。まさに宗教学といったところで、聖書というものを客観的にとらえて分析している。人類誕生の謎を説明する創世記から始まり、神との契約、奇跡、戒律など聖書に記述されている事柄は人々の生活とアイデンティティの基盤である。しかし、人間である誰かがそれを書いたことは紛れもない事実であり、そうであるならば何か伝えたいメッセージや思想があるはずである。当時の民族に伝わる説話や文化を吸収しながら、激動の時代を乗り越えるための知恵としれ形作られた聖書。中学や高校で習った世界史の知識が脳の奥底からよみがえってきて非常に面白かった。

 といっても、僕が探していたのは聖書の物語をわかりやすく解説してくれるようなやさしいシスターのような本だからね。ちょっとがっかりしてしまったのでした。

読書:コンビニ人間

 最近本をたくさん読む。通勤に1時間程度かかり、半分くらいは電車に乗っているので、結構いいペースで読書できる。いい本がたくさんあるので、せっかくだし読書感想文を書いていこうかと思う。

 最近読み終わったのは、「コンビニ人間」(著者:村田沙耶香)。第155回芥川賞受賞作らしい。そういえば芥川賞をとった作品を読んだことが無いな、と思い読んでみたのである。

 面白い本だった。主人公の古倉さんは特殊な頭脳を持った女性。行動の基準が合理性に支配されており、人間的な感情に疎い。マイノリティである彼女は、自らの意思をなくす(表に出さない)という合理的判断によって人間社会に適応したかに見えたが、大人になり、より複雑さと曖昧さを増していくヒトの村社会で異分子となっていく。多くの選択肢があり無限の情報が錯綜する現代であっても、「こうするのが普通だ」という常識に当てはまらないのは最早病気であり、果たすべきとされる義務を行わないのは罪なのだ。

 そんな古倉さんが見出した、自分が生きる場所がコンビニである。完全にマニュアル化され、合理性に支配された空間。画一化された売り場、決められた行動、ヒトではなく店員が求められる職場。外から来た客の動きさえ、アルゴリズムによって処理できてしまえる。読んでいるうちに、僕たちの生活に深く溶け込んでいるコンビニが人間性とかけ離れた性質をもって存在していることに気づき、少し寒気を感じた(ちょっと大げさだな)。古倉さんにとっては、これ以上に自分の才能を発揮できる場所はない。いわれた通りに実行し、マニュアルを遂行する。利益を上げるというシンプルな目的に対する合理的行動は何であれ歓迎される。まさに天職であろう。そして、コンビニは存続するために、生物のように代謝する。いつの間にか商品が入れ替わり、人が入れ替わる。店員として異質である人間は排除される。けがや老い、不真面目は排除の対象だ。コンビニというシステムに異物があってはならない。

 最早神なのである。コンビニという、合理性のもとに完成されたシステムを、信仰の対象とまでしてしまう。しかし、それも一面的なものに過ぎない。コンビニを形作るのは人間だ。そこには常に人間性が存在し、支配している。何かをきっかけにそれが表出したとき、コンビニはヒトの村社会に何ら変わりない場所になってしまう。そこでは店員が異物となってしまうのだ。

 長くなるのでこれくらいにするが、自分的にはこんな感じの内容だったなと思う。久しぶりに読書感想文を書いたけど、なかなか難しいな。どうにもスマートにいかない気がする。これから練習して上達していけばいいかなと思う。疲れた。