1月30日 寝る食べる寝る

 昨日からずっと寝てるかゲームしてるか動画を見ているか。消費カロリーが菓子パン二個にも満たないようなカウチポテト生活を送っている。最近は活力も沸いていて、いろいろと計画も練ってたりしていたんだけど、久しぶりに無為な休日を過ごしてしまった。去年は徹夜したりむかついたりして気力がなくなっていたけど、僕のダメになりっぷりを見かねて上司が方針転換した様子。なんとなく仕事が自分のものになってきた感じだし、夜はできる限り寝るようにしたので、連休明けからも無気力状態に戻ることがなくっていい感じだったのだけど。先週末に部長報告があったからちょっと睡眠時間を削って頑張ったらこのありさまだ。今年30歳だし、これが歳をとったということなんだろうか。

 とは言いつつも、去年に比べたら月とすっぽんのごとき気力の差があるので、ゲームにも飽きてきたころに週末プチ旅行の計画を立てることにした。金曜日の仕事上がり、軽く仮眠をとって深夜におうちを出発。現地に日の入り前に乗り込んで、銭湯でゆったりお風呂、睡眠をとってから1日遊んで帰ってこようという作戦だ。いまだ実行には移していないけど、いくつかいい作戦があるので今年は順次実施していこうと思ってる。1月末でこのやる気があるのはいい傾向だ。これを維持するためにも、適度にストレス発散してやる気を回復させないとね。

 何年か前まではどれだけ苦しくてもとにかく頑張って謎のモチベーションをどこからか沸かせてたけど、もうそんなことできなくなったな~と思う。やらなくていいと思うし。20代はあまり自分のやりたいこととか考えずに、とにかく家族と今のことを考えて頑張ってきたけど、なんとなく仕事もできるようになって給料も結構な額をもらっている今日この頃。自分がやって楽しいこととか、行きたいところにもっと時間とお金をかけようと思ってます。

 まずは作戦の一。近場のホテルに週末泊まって値段的にも距離的にもプチ旅行を実践に移そう。我ながらとてもいい作戦が思いついたので、2月の役員報告が終わったら実行に移そうと思う。そのためにも、睡眠時間を削るようなことは絶対に避けないとね。頑張って乗り切るぞ!

小林賢太郎さんが引退ですって!

 ラーメンズの小林賢太郎さんがパフォーマーを引退するとのニュースが。会社から帰る電車のなかで大変に驚いてしまった。誰かが何かを引退する、というニュースで「な、なんと!」という気分になったのは初めてかもしれない。歌手や俳優なんかだと作品はその作品として残るし、僕にはCDを聞いたりDVDを見る方が本人に会うよりも大事なので引退のニュースはそれほど胸に響くものではない。スポーツはもともと興味がない。最近は”~ロス”という言い回しがよく使われるけれども、自分には縁遠い事柄だな~と思っていた。でも今日のニュースは衝撃だなぁ(街頭でインタビューに答える人のように大げさではないけども)。

 なんで小林さんに限って動揺したのかな~と考えると、たぶん舞台を見に行くのを僕が楽しみにしていたからなんだなと思う。観劇する、というのはその時にしか味わえない無二の体験だ。あとから公演を収録したDVDやBlu-rayを見ても、おなじ感動は味わえない。実際に見た時のことを思い出して追体験するのがせいぜいで、行っていない公演をビデオで見ても、それは別物になってしまう。テレビやラジオ、本さえ無く娯楽に飢えていた中世の人々が、オーケストラの演奏を初めて聞いたときの感動を僕らが決して味わうことができないのと一緒だ。

 社会人になってやっとチケットを買うことができるようになって、栄のロフトの劇場まで初めて行ったときのことは今でもよく覚えている(というかほんの数年前)。あんなにどきどきして、わくわくして、楽しくて、さわやかに終わるものがあるなんて。他のどんなものにも感じたことのなかった非日常を体験したあの時から、小林さんの公演に行くのが人生の楽しみになっていたんだな。次はいつ見られるんだろう、そう思って待っていたから、その次が来ないことを知ったとき、落胆してしまったのだろうなと思う。

 そんなことを言ってもご本人が決めたことなので、なんやかんや思っていてもしょうがない。最後の演目を見に行けたことをよかったと思って感謝しよう。演劇やコントを見に行く楽しみを与えてくれたことが僕の人生をどんなに豊かにしただろう。こんな路傍の石ころのような人間に幸福を与えることができるなんて、なんて素晴らしいんだろう。とどくことはないけど「ありがとうございました」と言いたいな。 

 ただ独白するだけの日記に感情があふれてしまうほど、今日は驚いた。明日から何を楽しみに生きていこう。あんまりないんだ、楽しみが。とりあえず部屋の掃除でもコツコツやろうかな~。

それを料理と呼んでいいのか

 寒くなってきたし今日はおでんにする。1人用の土鍋があるので、各種練り物を買ってきて煮るだけでいい。おでんは独り身にやさしい食べ物だ。もちろん家族で食べてもおいしいけれども。決めたら動けるようになるので、スーパーへおでんのセットを買いに行く。特に好きなタネがあるわけでもないので、なにか安いものをと思っていたら、大きめのパックに9種類ほどの練り物が入ったやつが290円×0.8で売られている。なんという安さだろう。僕の心情的にはこういった安いものはなるべく買わないようにしているんだけども、このところの氷河期を迎えつつある懐具合をかんがみれば迷うこともない。すぐにカゴに入れる。

 その少し奥にはさかなが売っている。いいことを思いついた。おでんの出汁(パックに濃縮出汁がついている)が余ったら、それであら汁的なものを作ろう。これで今日と明日2日分のメニューが決まった。ぶりのあらが300円くらい。切り身に比べるととても安くて量も多い。正味量で考えるとわからないけれど、お得な感じはする。こういった、ちょっと食べづらいような部位は安く売っているので、僕のような貧乏な若者にはありがたい食材だ。ただ、ちゃんと処理をしないと臭かったり筋張っていて食べにくいので、そこは労力をかけて食べられるようにするしかない。やっぱりモノの値段には相応の理由があるんだなぁ~と、こういうところから感じられる。

 最近はぜんぜん料理をしていなかったけれど、やっぱり食材を見て、何を作ろうか考えて、工程を組んで、美味しくできたごはんを食べるのは気分がよくなる。週末くらいはなにか好きなものを作ろうか。寒くなってきたし、鍋やうどんなどパっとできるおいしいごはんがたくさんある季節だ。お金のない暮らしは大変ではあるけれど、頭を使う機会が増えて楽しくもある。安くておいしいものを見つけたり、自分でつくるのは、その最たるものだなと思う。

最近の夜ごはん、10分で終了

 今月に入ったあたりからごはんを作らなくなった。半年ほど前までは食材を買ってきて結構手の込んだおいしいごはんを作っていたけど。3か月前くらいからは缶詰でソースを作ってパスタ1皿だけの生活に入り、とうとうソースすら和えるだけのやつを買ってくるようになってしまった。自分で選択してやっているけどちょっと寂しい気はする。

 せっかく肌の調子もよかったのになぜごはんを作らなくなったのかというと、絶対に達成したい目標ができて、その達成のためにはできる限りの時間を勉強とかにあてないといけないと思ったから。目標というのは40歳になる前に雇われの身を辞めようということ。あと10年だから、死ぬ気で自分にできることを探さないと達成はできないだろう。

 もちろん、収入を激減させて我慢して暮らすならすぐにでも会社を辞められるけど、そんな暮らしはしたくない。自分で時間の使い方を決めたいし、お金の使い方も自分で決めたい。すなわちわがままなのだ。

 わがままを通すためには相応の努力をしなければならない。僕のような後ろ盾のない貧乏人であればなおさら、だれにも文句を言われない状態で大手を振って世間にサヨナラしなければ。20代も残りわずかとなって人生の課題を発見したから、スタートが遅れた分必死にならなければな~と思う。

 

エーペックスレジェンズ

 中学の同級生から、エーペックスレジェンズやろうぜ!と誘われたのでやる。奮発していいGPUを買ったので、ちょっとは3Dゲームでもやらないと宝の持ち腐れかな~と思ってちょいっとダウンロードしてきた。今日はさっそく一緒にやってみたんだけど、とにかくすぐ死んじゃう!なんか知らない間に撃たれて死んでる。やっぱりヘッドホンをつけて足音とか聞いてないと敵に気づけないし一方的になっちゃうんだな。しょうがないから今度買ってこよう。

 ちょっとやってたらすぐに1時間経過。明日も5時起きなので早々に切り上げたけども、がっつりやってたら半日くらいすぐだなこりゃ。もし中学生とか高校生の子どもがこのゲームを始めたら大変なことになるだろうなと思った。最初の方はゲーム特有の上達スピードで面白いし、空いた時間をとにかくこれに費やしたくなっちゃって眼精疲労にもなりやすい。脳内の報酬物質が多量にでるから勉強とか他の事への意欲が出にくくなって集中力を維持しづらくなってしまうかもしれない。FPSゲームはちょっと刺激が強すぎるので子どもには与えるべきでないな~というのが僕の感想であった。

 刺激という点ではこのゲームのスピード感が僕の通常の時間認識の1.8~2倍くらいの感覚でいないとほかの人についていけないような感じがする。短期でぐっと集中する、という観点からすると使いようによっては低集中力を矯正する手段になるかもしれない。しかし、この速度に慣れてしまうと日常生活での刺激に鈍感になってしまうかもしれない。小さい子に新幹線の車窓から景色を見せるのはよくないらしいけれども、このゲームのようなハイスピードのゲームをたくさんやらせるのも同じようによくないかもしれないな~と思う。

 全体的に未成年の子どもに与えるのはよくないなと思った。甥っ子がねだってきても買ってあげないようにしようと思う。僕は大人なので、これからも友達といっしょにやろうと思う。結構面白いので。

いつのまにやらスーパー配置換

 最近は仕事の忙しさが半端ではなく、スーパーへ買い出しに行くのも自分の脳と体が嫌がってコンビニご飯やファストフードばかりになってしまっている。健康的な生活をすることで仕事への活力を養い、現業以外の能力形成への活力も同時に得ていこうというお気楽なストーリーは現実の前にもろくも崩れ去った。順番が逆だったみたい。仕事で疲れ果てて何にもやる気が起きないと、健康とか活力とかそんなもんどうでもいいから寝かせてくれよ~と駄々をこねる脳だったのだ、僕のやつは。こんなことではまたお腹が出て肌も乾燥してしまうので、久しぶりにスーパーへ行って朝食のヨーグルトとかパンとかだけでも買ってこようと重い腰をあげた。嫌がる脳へ叱咤激励して動かそうとするのもまた僕の脳であるという無限ループのような構造に関心しながら(それを感じているのも僕の脳。メタがやばいことに!)、買い出しへ向かう。

 だいたい2週間ぶりくらいに来たと思うんだけれども、料理をする気はさらさらないので野菜コーナーは一瞥もくれずスルー。切らしてしまったコーヒー豆(1杯ずつのドリップ式のやつ)を確保しにいつもの経路を進む。ところが、目的の場所には牛乳をかけて食べるシリアルが並べられている。なんと、確かにパンも飽きてきたのでフルーツグラノーラでも導入しようかと思っていたところだけれども、コーヒーがなくては手が震えて机がこぼれた牛乳だらけになってしまう。それは盆には戻せないから困ってしまうよ。突然の変化に思考も明後日の方角へ飛んでしまうなか、まわりを見回すと、どうやら全体的に商品の配置を変えたらしい。ドレッシングは缶詰に、製菓材料がコーヒーになって、なぜかヤスダヨーグルトは一回り小さくなっていた。

 ヨーグルトの製品としての在り方と配置は関係なくない?なんで?と思ったけど実際小さくなってしまっているのは受け入れるしかない。仕方がないので他のやつを買っておく。変化に弱い僕にはなんとも高負荷なスーパーへの買い出しであった。

コミュニケーションに難あり

 今日は会社で綺麗な感じの先輩社員と会話をして、まったくの仕事の話だけなんだけれどもちょっと嬉しいような感じがした。いったいなんだというのか、この理不尽な反応というのは。ちょっと女性と話せたというだけでルンルンなのか。単純すぎるにも程があるというものだよ。

 小さいときは猛烈な人見知りに重ねて常軌を逸した恥ずかしがりなうえに陥没するほどの引っ込み思案だったので、女の人と話すこと自体が難しかったような気がする。長年の特訓と修行のおかげで、最近はやっと普通な感じで他人と会話をすることができるようになってきたから、特に苦手だった女性との会話をこなせると嬉しいのかもしれない。たぶん他人から見たらあんまりうまいことスムーズに話せてはいないんだろうけれども、別にいいじゃないか人間だもん。

 とはいえ人とのコミュニケーションは非常にエネルギーを使うので、特訓の成果もあまり長いことは続かないのがまだまだ修行不足なところ。30分くらい雑談(自分にとっては非常に苦手な分野の会話)をしていると、だんだんと思考が内向きになってきてしまい、自分のなかで話題が縦横無尽に飛躍するようになってしまう。自分のなかでは話がつながっているのでそれを口にすると、相手はいきなりわけのわからないことを言われたような感じになるのでちょっと引いてしまうという事態が発生するのだ。自分でもなんとなくわかっているんだけれども、気づくのが言った後なのでたちが悪い。難しいんだ、コミュニケーションというのは。

 こんなに人付き合いが苦手なのに、よく今までさびしい思いをすることもなく良い友人仲間に恵まれてきたものだな~と思う。運よく気の合う人々と出会えたし、修行の成果も出てきたし、このまま頑張って人生を歩んでいくことにしよう!そうしよう!

甥っ子来る

 今日から妹のみーちゃんとその子ども(僕から見たら甥)のとんがりジョーが泊まりにきている。おおよそ一週間は一人暮らしではなくなる。ジョーは1歳と5か月ほどだけどめちゃくちゃしゃべるし動く。うちはアパートの2階なので下の人がうるさがっていないかとても不安。最近はご近所トラブルで刃傷沙汰になることも珍しくないので、もしものことがあったらと思うと片腹痛い思いがする。

 子どもが家にいるというのは何とも騒がしいものだけれども、いかんせんかわいいので許してしまう。もし同年代の友達とかが同じ騒がしさでいたらすぐに家から追い出してしまうだろう。元気なことはいいことなので、温かく見守っていくことにしようか。

 

年末来たり。若さは去れり。

 年末調整なるものを実施しなければならない。いったい何だというんだろうか。この年末調整というやつは。やりたいことはわかるけれども、調整しなくてもいいようにできないものか、と思う。自営業の人とかはさらに自分で確定申告をしなければならないらしいし、大人になると年末の忙しさというものを実感するようになるのだな。

 というか、いつの間にかすんなりと受け入れていたけれど、もう年末なんだね。ちょっとびっくりするくらい早く感じる。ついこの前夏休みが終わっちゃったような感じだったのに、もう今年も終わりとは。わたしの20代が終わっていく。

 30歳になる前に、何かしら“しっくり”くるものを見つけたいな~と思う。例えば山登りとかの趣味でもいいし、料理とか掃除とか、好きな場所とか。とにかく自分がカチッとはまるような何かを見つけて、そこに全力を傾けてみたい。何かいいものはあるかしら。今の仕事はどうもそんな感じではないけれど、このまま頑張っていれば変わってくるものだろうか。

 とりあえず一回海外に旅行に行ってみようかな。この歳になるまで一度も飛行機に乗ったことがないし。せっかく大人になってお金も稼げるようになったのだから、これまでできなかったことをいっぱいやっていこう。これが本当の自分探しというやつか。なんでもやってみないとわからないよなぁと思う。20代末に人生の調整といこうか、と意気込んでみたような日だった。