褒められるのはうれしいことだと思う。けれども、それが他のだれかを貶めるためであったり、他のだれかを貶めることによってもたらされるものだと、うれしいどころかひどく侮辱されたような気持になる。少しニュアンスは違うけど、「~を見習いなさい」ということを言ったりするとき、見習われる方は少なからず居心地の悪い思いをするものだ。
子どもを褒めるときにもこの点は気を付けなくてはならないと思う。努力をして何かを達成したのなら、その子自身の頑張りを認めてやらなければならない。決して、誰かと比べて多かった少なかったと評価してはいけないと思う。なぜなら、純粋に目標へ向かって頑張っている人には、他人など眼中にないからだ。ただ自分自身と向き合い、苦しさを噛みしめて耐え、達成したときの喜びを糧に努力を重ねる。そこへわけのわからない他人の評価を重ねるのは無礼だし、自分の努力を否定されたような気持ちになってしまう。
褒めることや報酬を与えること(大枠では同じ意味)は、動機づけとして非常に重要であるけれど、やり方によっては反対の効果を発揮してしまう。けっこう難しいものなのだ。子育てにおいて、”しかり方”に関して悩んだり、持論を持っている人はよく見かける。しかし、子どものモチベーションを大きく左右するのは”褒め方”であって、しかるときよりもよほど慎重にやり方を考えるべきだと思う(しかるときは、ダメなものはダメだときっぱり言えばよい。善悪の判断を教えるためで、感情をぶつけるのは違う)。
自発的な努力は人生を豊かにするうえで非常に大きな価値を持つけど、これを形作るのは褒め方によるところが大きいと思う。だから、自分に子どもができたら精一杯気を付けて褒めてあげようと思う。無論、来世での話ではあるが。